花は折りたし梢は高し

とにかくいろいろうまくいかねーなってことを書いていこうと思います。

よるべなさを持ち寄る、よるについて書いてみる

嘆息の後ふいに落ちた沈黙の中、私は目の前の人をじっと見つめた。

つむじ。

 

あらゆることに対して斜に構えることで傷つくことを回避する、みたいな。

そういうの、思春期かよって思うけれども。

 

一方でそれくらい傷ついたり痛いことに対しての耐性を求められるんだろうね。

些細なことから大きなことまで、理不尽なことはいくらでもあるし。

全部が全部自分の責任の範疇ではないことでも、何か起きてしまえば火消しに走ったり、また新しい何かを生み出さなくてはいけない。

 

涼しい顔してても目の前のつむじは心なしか元気がないし、眼鏡の奥の瞳はよく見ると疲れで濁っている。

この人は毎日きっと色々なものをすり減らしながら働いているのだろうなあ。

隣の椅子に置かれた革のビジネスバッグは、几帳面な持ち主を反映して一見スッキリはしているようだけれども、実はすごく重たいことは知っている。

 

モラトリアムを今更謳歌しているようなゆるい生き方をしている私には、最前線で働いている人たちを俯瞰して見られるようになった。

働いているときは自分の存在意義やら必要性やらを感じるし、やりきった時の達成感もあるし、マクロな意味で自己肯定できる感じがある部分は、働くっていいなあと思う。

仕事っていうのはそれこそタスクの連続で、一言で言えば「結構大変」でもあって、でも「できないこともない」程度のものでもあって、考えてる余裕もないまま日が暮れる。

お金を生み出す分それなりに大変でそりゃ当たり前なのだけども。その精神のすり減らし方、こなし方、向かい合うスタンスは千差万別だなあ、とつくづく感じる。

そういうマインドはどこで培われるものなのだろうか。

 

「ね、仕事忙しいの?」

「んー……それほどでもない。」

キミの言うそれほど、が分からないけれど、まあ精神的にはそこまで追い詰められていない程度、という定義で聞いておくことにして、通知に震えた携帯へチラっと視線を向けた。

 

あれはさ、鞄自体が重いんじゃないのかな。べるるってぃとか?そういうやつ。

アレを抱えて電車に何時間も乗ってたりするんだと想像すると、ヒトゴトながらうへえと辟易してしまう。

ポーターとかTUMIとかのナイロンのやつにすればきっと少しは軽くなるのに。

そこはまあ美学なんだろうし、そもそも物理的な重さだけじゃないのだろう。

 

頬杖をついて、クルクルとストローを弄びながら、少し冷めてしまったリコッタパンケーキをいやに丁寧に切り分けている様子を眺める。

どうやら私にも分けてくれるつもりらしい。

 

案外人によってカトラリーの使い方にクセは出る。特にナイフの持ち方。

こういうものには、お育ち+成人してからの生き方、つまりその人らしさみたいなものが出るのが面白いなあ。

 

とか思っていると、「お前は、相変わらずポテトチップ箸で食うの?」と聞かれ、うん?と返事にならない返事をする。

ほい、とわざわざカトラリーケースの底から取り出したお箸を渡され、「んーパンケーキにお箸は違うかな」とすかさず言うと、ニヤリとキミは笑う。

この人は、こういうちょっとしたいじわるみたいなことが好きだ。

そういうの、ちょっとめんどくさいと正直思う。嫌いではないけれど。

 

何か作業をしている異性を眺めていると、なんだか無心になる。

パソコンに向かう姿、料理をしている姿、本を読んでいる姿、お洗濯物をたたむ姿、シャワーを浴びる姿、あとは工事や剪定、造園の現場、清掃の様子など。

もうずっと眺めていられる。あと、煙は好きではないけれど、タバコを吸っている時の姿を眺めるのも。

男性は基本行動がシングルタスクだから、その分一つにとても集中している気がする。

そのひたむきな感じ、そういったものを眺めている時間は、頭を空っぽにしていられる。

そうしてしばらくぼんやりしていると、我に帰るように、少し心がほっこりしてくる。

この感情の正体は敬意のようなプロジェクトXを見ている時のようなものなのかもしれないし、あるいは何らかのシンパシーなのかもしれない。

 

そんな風に色々な思考がぼんやりと頭を走っている中で、何か声をかけられて「え?」と顔をあげる。

 

「聞いてねーだろ。」

「聞こえなかった。」

「また変なこと考えてたんだろ。」

向けられた非難がましい目に、ヘラっと誤魔化すように笑って「キミは何を達観してるのかなあと考えていたよ。」と返す。

 

こういう自由連想を許してくれる、そして、答えも出ないような愚痴をフンフンってただ聞いて欲しい日もある、と言って連れ出してくれるキミはいい奴だと改めて思っていたよ。

言わないけれど。

 

「んー?達観っていうよりは、テーカンかも。」

テーカン……って、諦めるの、諦観?」

 

ハイ、と頷く仕草が妙に可愛らしかったので、それを真似て私もコックリと頷き返す。

そんなやりとりの応報に、少しだけ空気が和らいだ。

 

諦観って、本来は諦めるって意味ではなくて、あきらかに見るって意味らしいけど。」

「あきらかに?」

「本質を見極める、みたいな感じなのかしら。」

「へえ……響き的に仏教用語っぽいな。」

「ああ、確かにね。……で、どっちなんだい。」

「どうだろう。易きに流れるっていう意味では、色々諦めてるな。」

「いろいろ。」

「はい。色々。」

じっと顔を見つめる。

うん、この表情の時はこの手の話を続けても大丈夫だ。

話題を少し深めてみる。

「具体的には。」

「僕はこのまま一人で死んでいくんだろうなーとか、最近すごい思う。」

孤独死が怖いってこと?」

いくつかの仮説を頭の中で描く。その中で一番軽い内容を提示してみる。

この場で一番重いものは「自殺念慮」であるが、それはまた別の話。

 

「心の交流ってこと。僕は誰かと生きられるだけの誠意の持ち合わせがないから、彼女も嫁もいらない。」

恋愛のトラウマ話みたいなのは、今ちょっとキツイわーな私は、少しだけ心の防衛を強めながら、努めて第三者的に続ける。

「私が思うに、キミはそれなりに誠実な人間だし。だから私もこうしているんだし。何よりも人を上手に騙す術も持っているではないか。」

「ちがう、お前みたいにはなれない。」

パンケーキの上のメープルシロップが、とろりとお皿に溢れる。

一拍おいてから、「なんだそりゃ。」と呟いて、言葉の真意について考える時間を稼ぐ。

「それはキミが周りの期待に応えようとしすぎなんじゃないか?」

「いや、お前みたいに、困ってる人いたらほっとけない、心にスルっと入り込む、みたいな気質がそもそもない。」

「それは個性みたいなものだし。」

「母性じゃなくて?お前は昔からそんなで、だからマザコンから強烈にもてるし。対して僕には父性のようなものがない。」

「そこでいう父性っていうものは?」

「誰かを守りたいとか、幸せにしたいとか、そういうやつ。」

ゆるふわ系女子からモテるキミだから、そういうのお腹いっぱいなのかねえ。

「別に守ってよ幸せにしてよって他力本願なお嬢さんばかりではなかろうが。」

「お前は一緒に考えようって言うタイプだよな。でも、オカーサンなのに末っ子気質だから破綻するんだけど。」

「まあ私の話はいいよ。……キミの言う父性がなきゃ誰かといられないってこと?」

「あまりにも自立されててもそれはそれで満たされないし、かといって依存されてもめんどくさいし。」

 

そうやって斜に構えて、それで何を守ろうっていうんだい。

自分か。

自分だな。

うん。

分かるけどもさ。

 

そんな弱ったハリネズミみたいになりながら、リスクヘッジよろしくいろんなところにいろんな役割求めて演じて分散して。

孤独から逃げるように思考停止する必要があるくらい、キミの心は本当に打たれ弱いのですか。

キミを取り巻く世界は、そんなにツンツンしているのですか。

その部分を弱い部分を結局支えたり支えてもらうことを諦めてしまうのは、柔らかい部分をさらけ出すことが怖いからですか。

他人だけではなく、自分のことも信じられないのですか。

 

なんだか妙に悲しくなってきたな。

キミの世界の一員として、私は何ができるのだろう。

こんなに一見社会的に適応していて、そこそこの地位にいる人でも、その実、空虚や痛みから逃げようと必死なのだ。

そして痛みを当たり前のもののように、なんてことない顔で飲み込んでもいるのだ。

その分救われない思いをしたり、絶望に落っこちたことがあるのだろう。

 

「キミは閉塞感がすごいね。」

苦々しい思いと、うまい言葉が出てこないもどかしさ。

 

沈黙。

 

「あやかってる僕が言うのもアレだけど、お前のそういうとこ、どうかとは思う。」

変な顔をしていたのだろう私を思考の流れから呼び戻した上目遣いと、はたと目があう。

ひょいっと眼鏡を押し上げる仕草に隠れた表情。

私は首をかしげる

「そういうところ?」

あえて言語化してもらうように問うが、しかしそれは鼻で笑われるだけだった。

それでも続きを待つ私の視線に観念したのか、「お前は」と、言いかけて、少しメンドくさそうに一度コーヒーを口に含む。

しばらく言葉を探すように私の背後に視線を向けてから、スッと私を見据えて続ける。

性善説の申し子で、おせっかいで、勝手に裏切られて、いつも難しいことばっかり考えてるところ。」

言い終わるタイミングでバサッと角2封筒で頭を叩かれる。

ちっとも痛くないけれど、「あいた」と口に出して、頭を抱える動作をする。

 

「まあ、私に侵入的な部分があるという点では、突き詰めれば私のエゴだよ。」

「だから、そういうところ。受容的な部分が行きすぎて、もはや自己犠牲だって言ってるの。」

 

と、浮気されたことを理由に別れた元カレの名前を呟く。しかもフルネーム。よく覚えてるねキミ。

 

「まあ、少なくとも、あなたがそうやって言ってくれていることで、救われている……よ?」

紙ナプキンで作った折り鶴に、足を生やしてぴょこぴょこと動かしながら言うと、ぷはっと盛大に吹き出して、「気持ち悪ッ」と破顔した。

「こんな世知辛い世の中だからこそ、培われるレジリエンスですよ。」

私は今日一番のドヤ顔で言ってやったが、彼は鶴のビジュアルのシュールさを味わって全然聞いていない。

 

まあ、それでいい。笑って今日が終わるのならば何よりだ。

また明日も、誰かのこんな笑顔に会えたらいいなと感じるような、そんな日になって良かったと心から思う。

  

「もう10月だなー。」と、キミが歌うように言った。