セックスレスで風俗に行くことになりそうな経緯を書いてみる
とあるレストランに私たちはいた。
そこそこの高級店であるため、席と席の間隔はかなりゆったりとしており、
お隣の席の会話はまったく聞こえない。
周りでは結婚記念日やお誕生日をお祝いするデザートプレートや
サプライズグリーティングが催されている。
はじける笑顔、溢れる多幸感。
私は場違い感を覚えつつ、壁際のソファに座り、炭酸水をなめていた。
そしてせめて何か会話をしようと思い、向かいの相方に「どうなさいますか、これから。」と声をかけた。
前菜を食べ終わり、ぼんやりしているこの人は、ファ!?と顔をあげ首を傾げた。
パチパチっと、まばたき。
「え?これからっていうのは?」
「これからは、まあ、これからですよ。」
私はじっと見つめたまま突き放した。
正直、話題はなんでもいいのだ。
食事が終わったらどこにいくか、何線で帰るか、でもいい。
デザートの飲み物はコーヒーか紅茶か、アルコールにするか、でもいい。
生活についてのあれこれにいたっては、先送りにしたりペンディングにしている案件は些細なことから深刻なことまでいくらでもある。
この人が今ひらめいた内容について、議論しようと思っていた。
一番最初に浮かんだものの深刻度が一番高いのかなと感じたからだ。
それくらい、本当にたくさん話し合わなければならないことがある。
そしてこの人はいつも、私に考えることを押し付けて来る。話にならない。
だから、ちょっとは自主性を持って考えて欲しいのだ。
「…レスのこと?」
この人が真顔で投げてきたトンデモ砲に、今度は私が内心ファ!?と不意をつかれたものの。
どんな話題が来ようがそうしようと決めていた通り、顔には出さず努めて冷静に、コクリと頷いた。
この話題はもう100回くらい話してきただろうか。
話をしてどうにかなるような問題でもない。
でも、これはある程度の通過儀礼なのだろう、と思う。
101回目のセックスレス談義。
もうすぐ絶賛満ウン年。
子供の年齢で言うならそろそろランドセルを買う頃でしょうか。
私は内心の予想外の球に対する焦りを落ち着かせながら、いくつかの提案をした。
例えば離婚、外部補完、関係修復に向けたサムシング。
ただし最後のものは可能性はほぼゼロ。
結論は出ないであろうことも分かっていた。
もう何度言ったかわからない言葉のやり取り。
感情の上のあたりをふわふわと行ったり来たり。
建設的じゃないな、と思いながらも、デジャブを感じる応報を重ねていた。
ただし、今日のこの人は一味違っていた。
そりゃそうだ。
そもそもいきなりトンデモ砲である。
何か感づかれたか。後ろ暗さに少し警戒心がもたげる。
「最近のヨメ(仮)は、一緒にご飯を食べていてもどこか深刻な顔をしている。」
私よりも深刻な顔で、この人がつぶやく。
そうか、と私は伏せ目がちに続きを促す。
何か感づかれたかな。探られて痛い腹しかない私は、神妙な表情をして次の言葉を待った。
沈黙。
「まあ、女の人は30後半くらいから性欲がすごくなるっていうしね…。」
沈黙。
「俺、性欲ないからさ……………。」
全私が、震えた。
…あーーーーー……………
…………そういうとこだろっつの!!!!!!
静かにグラスを手に取り、また炭酸水をひとなめ。
大きな嘆息で感情の渦を受け流す。
小さく発泡している水の様子を眺めて、頭の中で10数える。
私のせいか?
そもそものレスの原因も、言いようによっては私が貪欲だった、と捉えられなくもない。確かに。
「キミは……………ぶっちゃけ、どれくらいやっているのかね。その。」
落ち着きを取り戻した後、淡々とした口調で反撃のように配偶者のオナニーの頻度を聞く。
ないっていうなら、まぁ聞いてやろーじゃないかい。
おう?コラ。iPadでえっくすびでおずばっか見てんのしってんだかんな。DMM?まぁどっちでもいいけど。
「……へ?」
「…………だから、週に何回とか……。」
「最近は全然やってない。」
「頻度だよ。」
「あー………月に1回?」
「は?それもう腐ってない?(鮮度的なもの)」
「いやいや、2回かな、多くて3~4回。週1はない。」
俺、性欲ないからさ……………。
全私が、震えた。
私がとにかく盛っていてやりたがってるみたいなこの図式はなんだ。
まあいい。
そういうテイのが分かりやすいなら、それでいい。
細かなニュアンスが伝わるとも思えないし、これはすべて、これだけの時間をかけて積み上げてきたカルマなんだから。
「俺がガンバリマ……」と言いかけたところで被せ気味に「ムリ無理むり」と切り捨てる。
その話はもう101回してきているだろうが。
また私に僕チンへのご奉仕をした上で、自分の受け入れ準備も自主的になにもかもやって頑張れと?
「私のワガママボディは、使い道のない不良債権デスネ。」
腐ってんのはお互い様、と鼻で笑って話を切り上げた。
……つもりだった。
ところが終わっていなかった。
「……そしたらアレしかないのか、と。俺も腹をくくる時が……。」
フーウ。何か出てきたな。妙なドヤ顔。この顔の時はロクなこと言わない。
「……アレとは?」
警戒しながらも、心を強く持ちながら聞き返した。
「そりゃあ、ふうぞ……。」
最後のく、は口の形だけで、声として発せられることはなかった。
……風俗。
私も同じように声に出さず唇だけで形どってから、食べていたデザートのスプーンをひとなめした。
ブッ。と、吹き出す相方。
その仕草とタイミングが妙にツボに入ったらしい。
「……ただし、俺が調べるから。プロだけな!」
なんだか使命感に燃えている様子に、思わず頷いていた。
確かに最近、野郎友達と女性向け風俗の話をしていたのを、この人は聞いてはいた。
外部補完って、そっち????
トンデモはどこまでいくのだろう。
いやいや、問題はレスに至る経緯であってだな。
私のリビドーが処理されればどうなったわけじゃ…
圧倒的虚無感。あかん、フロマージュの味がしない。
お隣では素敵な夫婦がアハハウフフしながら写真を撮り合っている。
その向かい側ではカップルが結婚式の打ち合わせをしている。
私たちは先ほどからセックス(レス)の話ばかりしている。
軽いめまい。
まぁ多少の譲歩と見るべきか。
それとも。
帰るか、と近くの店員さんに声をかける。
いつも空振りする私の思い。
私の中の女は、行き場がない。割り切るしかない。
だから話したくなかったんだ、こんなの。思い知るだけだ。
ご都合主義を。
帰宅してから、スマホを睨んでいる相方を前に改めて。
「え?ワタクシホントに風俗行くの???」
行きたいのか、行きたくないのか、自分でも複雑な気持ちである。
乗り気じゃない感じを出したくもないけど、強いてノリノリでもないのだが。
いやだからさ、もてあましてんのは盛りついたBBAのリビドーではないくて……
「人生は一度きりだから。な?」
達観した様子のこの人は、遠い目をして私を諭す。
「俺としては、最愛のヨメ子だし。うん。」
え、えーと。
とりあえず。
まず安全そうなところで、清潔そうであんまりイケメンじゃないところのリサーチをオーダーしておいた。
メガネの年上がよいと添えて。ニヤニヤしながら。
女性向けって店舗型はあまりないそうで、ホテルとかなんだそうだ。
ふむ。
とりあえず口コミとか読めばいいのかな。
って、あーちがうんだソウイウコトシタインジャナインダヨー。
唯一無二のパートナーであるなら、向かい合ってくれよもっとちゃんと愛してくれよ努力してくれよってって部分で。
できないっつーなら行き場のない私の虚無はどこにいけばいいのかと。
他の人好きになっちゃっても知らないぞっていう。
101回ゆっても伝わらないものもある。
まあいいか。 割り切れば割と楽になる。
俺に男としての魅力がないから悪いんだよな…とか。
テクがどーのこーのとか。
いやいやいやいや、そもそもそれ、あったのかね。元々。
そんなんゆうたら悪いのは、あんたの僕チンが自主的にエレクトしない私のせくしー不足ってことになるじゃねーか。
ぽつんと相方が
「え?俺、ひょっとして一生ヨメさんとそういうことできないの?」と呟いた。
は???なんだと思ってたの?
「まぁいつかはなくなるものでしょ。遅かれ早かれ。あなたもふーぞくいきますか?」
私はニヤっとして呟いた。顔は見ないようにした。
どこかこの人は、まだ頑張れば俺もいけると思ってるんだよな。
そんなのを実行するには、結局は私が諦めて折れるしかないことに気づいてない。
なんならヨメ子が拒否ってっから仕方ないわーって。
俺はやりたいんだよ?みたいになってる。
どれだけうやむやにしてくれば気がすむのだ。
多分どっちかだけのせいじゃない。
私のせいなのもわかってる。
っていうかむしろ、当事者に不満をぶつけられるだけ恵まれているとも言えるのだ。
きっと世の中には言えずにさらに苦しんでいる人もいるだろう。
結局私はキミのせいにしてばかりだな。
どうにもできないことなのに。
よーし!いこーぜふうぞく。いっちゃおうぜ。
頭空っぽにして楽しむよ。オウイエ。
……ところでこのお金って家計費から出していいのか。
衛生費??と、そればかりが気になっている私。いや、お金大事だよ。
お小遣いからなら、話は別だ。