温泉に行こうと言われたことについて書いてみる
「責任だからなぁ。」
珍しく分かりやすく疲れた顔をしている彼が、焦点の合わない目で私の肩越しに何かを眺めながら呟いた。
私は視線だけで続きを促す。
彼はそれに気づかないふりをして流して、おもむろに鞄をまさぐっている。
話題を変えたいのか。
はたまたちゃんと突っ込んで欲しいのか。
まぁ、どっちでもいいや、とホイップの浮いたココアを口に含むと、久しぶりだな、という声。
ん?と顔を上げて、ああ会うのがね、と納得しつつも、久々なのにまったく久しぶりな感じがしなかった、昨日会った別の人を思っていた。
「そうねぇ、半年は会ってないね。」
「最近どうよ?」
「そっちこそ、ちゃんとやってんの?」
「それこそ、そっちこそ。」
言葉だけで上滑りしている近況報告。
お互い分かっているのだ、なんだかんだと落ち着いて来て、上手いことやってんだろうなと。
じゃなきゃ、大した理由でもなく会いに来ないもの。
それに、結局自分の好みがどうであれ、追われる感じに仕事に沈むことは、お互いの性に合っているのだ。
こういう様式美、めんどくさい感じ、まぁ嫌いじゃないな、と思う。
強いてすきでもないけども。
「顔色悪いな。体調は?」
「んー?貧血かなぁ。別に平気だけど。」
「魚の加工品ばっか食ってないで肉食え肉。」
自分が食べていたホットドックをむんずと掴み、一口サイズに千切ると私に差し出す。
はぁどうも、と受け取って、ちゃんとお互いが嫌いな食材が抜かれているところを確認して、平和にやってるよと気の無いトーンで呟いてそれを口に放り込んだ。
「煮詰まってんじゃないの?」
突然の言葉に目を見開くと、ニヤッと笑ってメガネを押し上げる指先。
咀嚼しているものを思わず飲み込んだ。
否定や肯定、何を答えたらいいのか。
結局出てきたものは、何とも言えない無表情だけだった。
「お前にそういう顔させてるのは…」
興味なさそうに言いかけただけで、続きの言葉は紡がれなかった。
「猫飼ってんでしょ。」
「うん。超かわいいよ。」
「自分に似てるなあ、とか思わない?」
は、と呆れて笑う。
そんな私を見るあなたの、目をほそめるような表情の方が猫っぽい。
「雪でも降りそうだな。あの温泉でも行こうぜ。寒いし。」
「うん、そのうち。」
「触っていい?」
私の返事を待たず、彼は私の髪の毛をつまんで、サラサラと落とした。
「伸ばしてんの?」
「いや?」
「初めて会った頃思い出すな。」
「ああ、エクステつけてたっけ。」
「居場所、ちゃんとあるか?」
「…あなたの?私の?」
「僕たちの場所は変わらない。」
つまりは、職場か家庭か…あるいは。
おせっかいは、相変わらずだ。