花は折りたし梢は高し

とにかくいろいろうまくいかねーなってことを書いていこうと思います。

ひとつの小さな命を見送ったことや空虚の昇華についてもがいていることを書いてみる

ひとつの命を見送った。

 

自分がこれほどまでに落ち込むことに逆に驚いた。

覚悟はずいぶん前からしていたから。

 

私は昔から、小さな命と一緒に暮らしていたし、肉親や恋人を亡くしたこともあるので

その分、見送ることにだって慣れているとタカをくくっていた。

心の整理のつけ方も。向き合い方も。人よりは少し、慣れていると思っていた。

 

泣くから愛があって、泣かないから冷たいではないと思っていた。

嘆き悲しむことだけではない。壮絶な喪失感との戦いでもある。

やるべきことを全部やってたら、涙がでないこともあるんだ、なんて思っていた。

 

見送るっていうのは、そんな綺麗事ばかりではない。

 

心のどこかではむしろ、どんよりとつきまとう嫌な空気を振り払い

それでも予感が確信に、諦めにと変わっていく心の弱さと

見えない終わりとの対峙をしなければならなかったことから、解放されることの安堵も正直あったのだ。

 

彼はうちにきた時から、なんだか様子が違っていた。

調子を崩してからは、いつものことか?いや違う?と悩んだ。

病院に行き薬を与えてもみるみる弱っていく姿を見て、途方にくれた。

いっそ楽にしてあげた方がと、実は何度も頭をかすめた。

 

せめてやれることは他にないだろうかと、ネットで情報を集めて。

すでに今の薬が出た病院に行く前から、ひとつの病因を予感していた。

今の病院が的外れな診断をしているんじゃないかという疑惑も日に日に濃くなった。

徹底的に調べるにはさらに上の専門の機関しかない。

別の病院の予約を取った。

 

この日までは頑張ろうね、と言い聞かせていた当日の朝

約束の時間に少し間に合わず、彼はぐったりとしていた。

 

前日はまだ、自分で動いていたのに。

もうだめだろう、と直感した。

 

もしこの状態で病院に行き、病因が分かったとしても、彼には回復する体力すらもう残っていない。

それがなんとなく分かる。

 

力なく横たわる身体を抱き上げると、苦しそうな顔を少しだけ動かそうとして

けれど、できなくて。

目を開け、私を見た。

がんばれ、もうちょっとだから、がんばれ、と、身勝手なことを呟きながら身体を撫でているうちに

かすかに上下していた胸の動きが少しずつゆっくりになり、やがて止まった。

 

薄く開けている目。

指でそっとまぶたをおさえた。

涙は出なかった。

 

きれいな顔してるだろ。

ウソみたいだろ。

死んでるんだぜ。

それで。

 

と、某台詞がふと浮かんだ。

 

あきらかに動かない彼をケースに入れて、病院へ連れて行った。

待合室では、亡骸を連れてきたことで嫌な顔をされるかもしれないと覚悟していた。

 

先生にもう動かなくなったことを告げると、間に合わないか、と慌てた様子で彼を手に取り

あれこれ触った後、うなだれてそっと、診察台に彼を置いた。

その手に取り方ひとつ、置き方ひとつ。

それで、先生が信頼ができる人だと感じた。

 

病名はおそらく、私が想定していたものだ、ということだった。

 

私は、今までの彼の戦いを先生に告げた。

先生は何度も頷き、丁寧に話を聞いてくれながら、彼に優しく触れ

もう、限界だったんでしょうこんなになるまで、よく頑張ってと、言ってくれた。

 

そうなんです。頑張っていたんです、彼は!

たまらなくなった。

 

前の病院ではちょっと体調を崩してるだけ、みたいな扱いだったけれど、違う。

彼は言葉は話せないけれど、ずっと何かと戦っていた、苦しくても諦めずに、生きようと頑張っていた。

 

私は今までの彼の頑張りを何度も話しながら、そこで彼が息を引き取ってはじめて、涙が出た。

彼の頑張りが、実らなかったことは、すべてその病気のせいだ、と先生が認めてくれていたから。

 

慌ててカバンの中からタオルを取って、涙をこらえて飼育環境を一生懸命話した。

悲しいとかよりもただ悔しかった。

彼はあんなに頑張っていたのに。私は無力だった。

うちにはまだ、他の命がいて、守る責任があり、泣いてはいられない。

多分そうやって無意識に気を張っていたから、涙は出ていなかっただけだと気付いた。

 

先生は、診察番号を言ってもらえれば、これからはすぐに予約できますから

他の子に異変があったら、すぐに連れてきてください。

可哀想でしたが、連れて帰ってあげてくださいとケースにそっと優しく戻してくれた。

 

タオルで顔を覆いながら待合室で待っていると、受付時にはサバサバとしていたスタッフは神妙な顔で診察代は結構です、他の子でも使えるので、診察券をと渡してくれた。

そんなわけには、と告げたが、瞑目して首を左右に振った。

また涙があふれた。何も言えずお辞儀だけして、病院を後にした。

 

初診料や検査料、診察料、かかるのは当たり前なのに。
救急車に死人が乗れないのと同じように、息絶えた彼を連れて行ったことを怒られるかと思っていた。

なんなら割増的な(死因特定料みたいな)ものがあったって仕方ないと思うくらいだったのに。

 

けれど怒られるどころか

初めて見る飼い主の持ってきた、初めて見る小さな亡骸に、慌ててくれて、残念に思ってくれて、私を家族を亡くした遺族として扱い、命に対して最大限の尊重をしてくれた。

(と、少なくとも私は感じた。そのこと自体が最上の敬意に値する姿勢だと思う)

なんて気持ちを汲んでくれる病院なのだろうと今は思う。

 

事情があったにせよ、はじめからここに、と何度も考えても仕方のないことを考えた。

 

帰ってすぐに、彼を埋めた。

間髪入れずに埋めた。

 

この子は、私の、この日まで頑張ろう、の言葉を必死に聞いていてくれたかもしれない。

嫌がりながらも薬を飲み、じっとして体力を温存し、少しでも長く。

今朝まで頑張ってくれたおかげで、私は先生と会うことができて、泣くことができた。

 

ケースから取り出した彼は、いつもの匂いではなかった。

うまく言えないけれど、生き物の匂いではなくなっていた。

体は命の入れ物、とふと前日にソウルメイトと話した言葉を思い出す。

 

無言で土をかけた。

 

疲れたね。

うちの子になってくれて、一緒にいてくれて、ほっこりさせてくれて、頑張ってくれて、いっぱい思い出をくれてありがとう。

救うことができなくて本当にごめんなさい。

 

でも、これからの、夏も、秋も、冬も、みんなで一緒にいたかったなあ。

 

願掛けとして絶っていた、好きな食べ物を食べた。

あんまり美味しくなかった。

 

喪失感、虚無感。ぽっかりと空いた穴を見つめて、ただぼんやりとソファに転がっていた。

 

これもいずれ、雑多な出来事で埋まっていくのだろうとは思う。

 

いつも、どうにもならないことなのも分かっていながら、私はそれでも、何度も諦めずに来た。

 

それは気がつけばもう何年も経っていて、自分の心というよりは、自分の理性のようなものが、「いい加減にどうなの」と言っている。

心自体は疲弊はしているけれど、まだまだ行ける、とは思う。

だけどこのいける、になんの根拠もなく、思いがけずポキッと折れるということも知っている。

 

今はささいなことで心に余裕がなくなって、少しでも何か、頼られることや世間的に保たないといけない外聞だとか。

そういったものが求められる場面でも、ひどく疲れてしまい、とにかく気分が乗らない。

仕事でもなんでも、本当はもっと頑張りたいのに、とにかくギリギリのラインを低空飛行している。

 

ささいなことひとつひとつ

ああ、やらなきゃ、と思っているのに、むしろやりたいと思っているのに、なんだか気が乗らず後回しにしている自分に、本気で嫌気がさす。

 

料理でもして落ち着くかと考える。キッチンが散らかっててイライラしそうなのでやめる。

何もやる気がしなくてゴロンとする。

なんだかすっきりしたい。

夜中無心でトイレ掃除と洗面掃除をする。

少しだけすっきりする。

でも願ってるだけじゃ叶わない。

現実逃避のように目を閉じる。

 

気づいていない落としものも、いろいろとあるのかもしれない。

 

私は自分の精神や考え方がややこしかったり、一定のクセがあることが分かっている。

だからこそ、少しでもイージーモードで攻略したいだけなのだ。

なんでこじらせようとするんだろうなあ。

それじゃなきゃ納得できないって、それも分かるけど、正論すぎるけど、なぜあえて難易度を上げるのか。モンモン。

 

お腹は空いていないのに、胃が空っぽな気がして気持ち悪い。

こういう時は、何かしたくなるまで、何もしないのが一番だ。

だけど、向き合わなきゃいけないものは確かにあるんだよ。

 

とりあえずキッチンを片付けよう。と棚を買った。

 

パンでも焼こうかな。

 

広く浅く愛したいんじゃない。深くひとつを愛したいんだ。

ずしっと重く、宗教のごとく愛したい。

むしろその愛っていうのは、与えすぎて枯渇するような性質のものではなくて、与えるほどにさらに溢れるようなものなのだ。

 

それが叶わないからだろうな。

足りなくなるのは。