花は折りたし梢は高し

とにかくいろいろうまくいかねーなってことを書いていこうと思います。

中身の卑屈さが外へ滲み出ているのだと思うことについて書いてみる

思い返せばずっと、背の順は一番後ろ。

ずんぐりむっくりした体型、ぼんやりとした顔立ち。

 

イケてない。

私はイケてない。

 

幼い頃一目惚れした彼女とは、今もかけがえのない友情を育んでいる。

私の理想が彼女だ。

しっかり者で、頭がよくて、心が広くて優しくて、顔ももちろん、存在そのものが、とにかくとても可愛らしくて愛らしい。

 

憧れるといっても、彼女のようになりたいなんて一度も思ったことがない。

そもそも次元が違う。

 

私は本気で何度も、男であれば彼女と結婚したいと思っていたのだ。

それはもう、彼女の結婚式のスピーチで、新郎に言い放ったほどに。

本気で彼女のご主人には嫉妬している。

メラメラ。

 

そんな訳で私は今でも、華奢で、顔立ちのはっきりした可愛い人に憧れている。

とにかく、私は病的なほど、真逆な自分の見た目が好きじゃないということだ。

 

特に最近では、毎朝のお化粧や、着飾るのすら辛くなるレベルで肥えてきたからなおのこと。

服薬を理由にはしたくないけれど、明らかに正円に近づいている顔の輪郭が目につくと、げんなりとする。

わかっている、自己管理ができてないこと。だからこそ。

 

日栄養バランスの良い食事をし、適度な運動とマッサージや柔軟などなど。

自分のメンテナンス、自分を愛でることを怠っている自分が悪い。

結局積み重ねが今の自分を作ること。

近道がないこと。わかっている。言い訳をするのも嫌だ。

 

輪郭はともかく、どんなに体重の変動があっても、指のサイズなんて変わらなかったけれど、ゆるかった指輪が明らかにきつくなった。

外し過ぎていたせいもあるだろうか。そう思いたい。

中年への足音がヒタヒタと。

 

見た目なんかよりも中身が肝心だ。

本当にそう思うけれど、残酷なまでに外見が評価を左右することも身を以て知っている。

蔑みの目で見られていた存在だったのが、ドアを開けてもらえる存在になった時に。

 

今だって絶望的なわけではないのも分かっている。

そこそこ受け入れてくれている人もいる。

雰囲気だけで、なんとなくイケてる感を装っているから。

 

何をしてたって、結局中途半端なのだ。

何か起こる度に、私じゃダメなんだと思う。

 

どんなに褒めてもらっても、どんなにすきだと伝えてもらっても、常につきまとう影のような、比べられるような対象がある場合はなおさら。

だってだって。となる。

 

なんだかもう疲れた。

 

劣化する自分と争うことも。

醜い自分を高めることも。

そんな自分で何かと誰かと戦わないといけないことも。

 

こんなこと口にも出せない。

それこそ本当のコンプレックス。

 

いっそもう全部まるっと、受け入れよう。

もう張り合うような意識を消して、ハイハイと流していれば緩やかに傷つくだけで、致命傷はない。

 

けれどそれはつまり、全部を諦めることでもある。

根本はそこから始まっていたから。

 

ああ、だから私は「もう限界です」と

声を上げ続け、せかすようなことをしてたんだろう。

 

ぼんやりとそんなことを考えるけれど、それを一番知って欲しい人に理解される日は来ないことも分かった。

 

そう私はイケてない。

Yes、イケテナイ。

 

出るのだ。

そういう中身の卑屈さが外へ滲み出ているのだ。

結局すべての出処は私の心の真ん中。

 

そう認めたら負けだ、というのもひっくるめて受け入れよう。

ゆるやかに心が何かから離れていく感覚を寂しいと思わぬように。

私には初めから無理だったのだ。

望むことすらおこがましいのだ。

 

それでいいのだ。

もうちょっと。

やり方は分かった。

 

ミスマッチであっても、私は可愛い顔したピンクのうさぎを外さない。

それも私。

 

心の整理の方法って、そういうものなのだ。

落とし所を見つけるのに、欲張っちゃイカンイカン。