花は折りたし梢は高し

とにかくいろいろうまくいかねーなってことを書いていこうと思います。

ちょっと小説のようなものを書いてみようと思うことについて書いてみる。

ベンチに缶コーヒーを置いて、夜はさすがにあまり暑くないね、と彼は言う。

 

マスクをしているとメガネが曇るからと、いつも鼻を出している。

そのマスク、意味あるのかな、といつも思う。

相変わらずな鼻先を見た私の視線に気づいて、ふん、と小さく笑いマスクを顎にずらした。

 

どうした?とか、聞かないのが彼。

多分それが、彼なりの友情であり、一線というか、けじめなのだろう。

 

とはいえ、なんとなく私がやるせない気持ちを抱えていることは分かるのか

「真面目な、ロマンチストなんて、損しかないぞ。」

と先回りした言葉を、独り言のように呟いて、ポケットから小さな箱を取り出す。

 

吸っていい?と聞くのであろう。

だから視線を投げられた瞬間、頷いた。

また彼はふん、と笑い、慣れた手つきでタバコをくわえ火をつけた。

 

「禁煙してたんじゃないの?」

「んー?たまにね。」

 

返答を聞いて気がついた。

数年前の健康診断で、私が「ガン偽陽性」の結果が出た!と

伝えて以来、彼は私の前で紫煙をくゆらせることをやめた。

 

結局幸いにも陰性だったが、その後も

彼は自分の前で吸わないようにしていただけなのだろう。

 

タバコの匂いは苦手だが

タバコを吸う姿は、割とリラックスしているような、でもどこか思いつめているような

不思議な表情があるので、見ること自体嫌いではない。

 

今日は屋外だからか、解禁らしい。

疲れてるのかな、とぼんやり思って、煙が夜空に溶けていくのを眺めていた。

 

「仕事どう?」

「まあ、普通に。」

忙しい、ということらしい。

そりゃそうか。休暇明けの業務だろうし。

 

「お前は?」

仕事どう?って意味じゃない。

多分これは、彼なりの「どうした?」。

 

その時私は完全に、なんというか、人生の迷子になっていた。

ひとつの大きなものに、けじめをつけたばかりだった。

 

それによって自分の心身にダメージを受けることは、良くわかっていたけれど。

それでも最後まで守りたかったのは、愛のようなものであった、という事実。

 

そのために、断ち切るしかなかった。

覚悟がないわけじゃない。

欲しくてたまらなかったものだから、手に入れるためならどうにでもする。

 

けれどそれと

愛のようなものと、

どっちが大切か、どっちが本質か、

という部分で相反してしまったのだ。

 

私はそれをどれだけ手放したくないと思っていても、それが存在する以上、脅威とならざるを得ないのだ。

 

私はすっかり冷静さを失って、すでに脅すようなことを吐いていた。

私が愛おしいと思っていたものは、すっかり萎縮して逃げ出そうとしていた。

 

それを憎みたくなかった。無理もないと思う。

切り札のように脅して、受け入れてくれ、なんて、選択権は全くない。

 

そして、私が欲しかったものは、認めて貰えないのであれば、持っていてはいけないものなのだ。

 

幸せにしたかったのに、私の望みは、一番苦しめることになっているのだ、と気づいたときに、せめてこれ以上、迷惑をかけないようにしようと決めた。

 

その決断の末、全てが済んだ後。

私は体制を立て直さないと、大げさだけど、私の命まで手放してしまいそうだった。

 

なんといったらいいんだろう。

一時的にでも、この気持ちをどこかに吐けば楽になるのは分かっていた。

とはいえ、誰にも言いたくない感情でもあった。

 

凝縮した言葉は、端的なものだった。

 

「私のこと抱ける?」

唐突に、でもなるべく平坦な調子で、感情がこもらないように聞いた。

「抱ける」

間髪を入れずに答えた彼に、ビックリして目を向けた。

ベンチの背もたれに身体を預けながら、視線だけこっちを向けて、もう一度

「抱けるよ」

となんてことないような顔をして言った。

ぽかんとしてる私に、ふん、とまた笑った。

 

なんだか、悲しくも嬉しくもなく、ただ涙がでそうになった。

 

真意はどうでもいい。

 

彼は分かってる。

私も分かってる。

そうじゃない、ってことを。

 

けれど、そう答えてくれた言葉だけで、救われるのだ。

それを彼は知っていた。

 

そういう下らない言葉遊びのようなやりとりを毛嫌いしている彼に、あえて救いを求めた私を彼はちゃんと理解していた。

だから「言うべき言葉」を言ってくれた。

まっすぐにちゃんと、突き放したのだ。

崇高な「友情」を持って。

それだけ。

 

私の涙目に、彼は一瞬腕を回そうとして、躊躇して腕を下ろした。

私も思わずその腕に飛び込んでしまおうかと思ったけれど、それはフェアじゃない気がしてやめた。

 

私のスカートの裾に、彼の指がそっと触れた。

髪切るなら付き合うよ、みたいだな。

ドリカムのサンキュみたいな。

 

あの夜からしばらく経った。

季節も変わった。

 

私はあれほどまでに断ち切った恋に、相も変わらず翻弄されていた。

 

私たちは触れ合うことはなかったし、そもそも会うこともなかった。

何事もなかったかのように過ごしていた。

ありきたりなメールのやりとり。

 

次第に、繕っていたあらゆるものが崩壊するときがきた。

 

そんなときに限って、彼が近くのコンビニにやってきた。

どうでもいいような理由をつけて。

 

会いたい人は、絶対に来ることもないのにな、という皮肉がふと頭をよぎる。

 

何の因果か、それが運命というものなのか。

タイムリーすぎてなんだか笑ってしまう。

 

子供のようにコンビニの店先の明かりを頼りに

コーヒーを飲みながら、彼のタバコの煙が空に溶けていくのをまた眺めていた。

 

前と同じタイミングで、私は突拍子もないお願いを申し出た。

彼はやはり前と同じタイミングでさらっと、ことも無げに頷いて、承諾した。

 

ああ、なるほど、あれはこの日の伏線だったのだ、と分かった。

 

私は、この崇高な友情を半ば妄信的に信じているのだとも知った。

 

こうやって人を思いやれる、彼はすごいと心から感心する。

だからこそ、私は今度は、この友情を守ろうと思った。

 

心と身体と生活と、全部の愛がバラバラであることは、それはそれで贅沢なことであり、歪んだことではない。

愛することは奪うことじゃない。

 

「南の島でも行くか」彼がタバコの火を消してつぶやいた。

隣のゴミ箱に、まだ中身がほとんど入っているタバコの箱を、そのまま捨てた。

あ、とゴミ箱を見つめた私に、ふん、といつものように笑ってみせた。

 

いつもありがとう。

私もただ深い感謝を込めて、笑った。