花は折りたし梢は高し

とにかくいろいろうまくいかねーなってことを書いていこうと思います。

繋がっているだけでそれはつまり結ばれているんだよっていう話を書いてみる

しばらくお休みしていました。

書き殴ることがなくなった訳ではなくて

自分の中での何らかの変化を言葉にできずにいたから。

 

なんだか心がほっこりするなあと思うことが最近多い。

バイクに乗ってるとき。

新しい家のソファで転がってるとき。

小さい家族と遊んでいるとき。

昔からの友達と過ごす時間が相変わらず楽しかったとき。

 

それはたいてい、何かとのつながりを見出した時。

何かへの愛着を深めている時。

 

通常の概念の中では考えられないほど

時間なんて関係ないって思い知らされたことがあった。

一緒にいる時間の長短に関係なく、生まれる感情があったから。

 

けれど、今になって思えば、その気持ちが生まれてからの時間の経過は

確かに私の中に何かを積もらせている。

その何かとは、多分これからも揺らがないもの。

その土台。

 

ずっと一緒にいられなくてもいいくらい、ていう気持ち。

別に一緒にいられなくていいって意味ではなくて

その有無に関係なくずっとすきって意味であって。

 

ああ、空が冬の色だな。

 

もうちょっと分かりやすく

例えばカップルの関係のように表出したことで言えば

 

私のことすき?なんて聞かなくても

週末の度に電話ができなくても

毎日メールがなくても

会う約束ができなくても

焦らないような、そういうすき。

相手が自分をすきかどうか、関係ないくらいのもの。

 

挨拶のように、呼吸をするように

触れていたいと自然に感じる

その視線の先の瞳の色

 

言えなかった言葉たちも

飲み込んだその声も

すべてここに繋がっていたんだろう

冬の夜空の色

 

ひとりで生きているような

ひとりで苦しんでいるような

ひとりで頑張っているような

ひとりですきでいるような

そんな気になってた自分と、唯一の存在との

つながり

 

パンを食べれば生きていける

でもパンだけじゃ生きられない、みたいな言葉あったな、と、ぼんやりと思い出した。

出典は、聖書だったかな。

苦しいような、切ないような表情

 

パンだけで生きていけても

パンだけじゃ生きていけないほど苦しいと思う

パンを彩る、他の味を知っているから

 

続く道の果ては分からないけれど、それほど悪いものでもないのだろう。

続く道は、つながり。

結ばれてるからつながってる。

 

ありがとう